絶版の「ダンサー・フロム・ザ・ダンス」(アンドリュー・ホラーラン著、栗原知代訳、マガジンハウス、1995)を転載します。

いつ終わるか分かりませんが、名作だと思うので、気にいりましたら、ぜひご購入をば。


真の神の美業は、無邪気に快楽を受容できる、
無垢な肉体にこそ、花咲き、踊る。
絶望が美を生むことや、
徹夜明けの頭に叡智が
宿ることはけっしてない。
ああ、地中深く根を張る、満開の栗の大木よ、
そなたの本体は、葉か花か、それとも幹か?
ああ、音楽に合わせて揺れる肉体、きらめく眼、
誰が分かつことができよう、踊る人から踊りの実体を!

ウィリアム・バトラー・イェイツ
(学童たちを眺めて)


プロローグ



南部のある町にて、深夜これを記す
エクスタシーへ
 ついにジョージア州チャタフーチーにも春が訪れた。ツツジが鮮やかに咲きほこる一方、誰もがガンで死にかけている。
 この手紙を書いているのは、真夜中だ。明かりはケロシン・ランプのみ。だが昆虫はその明かりを目指し、ぼくのすぐ脇の網戸に激突する。まるで愛を求める人のようだ、ニューヨークでは数え切れない人が、それを必死に捜し求めていたじゃないか。そうだろ?押しあいへしあい、一生懸命。
 申し訳ないが、ぼくの現在の住所を教えることはできない。ぼくは以前の生活と、すっぱり手を切りたいんだ。きっと今頃、ぼくのニューヨークのアパートメントは、ゴキブリやネズミの大群がわく、ゴミ溜めになっているにちがいない。階下の女性は、結核のような咳をゴホゴホやっているだろうし、隣の男は妻を殴っているだろう。『アイ・ラブ・ルーシー』の、二重録音した笑い声が、階段にこだまし、ぼくの電話はなり続けているはずだ。だが、ぼくは気にしない。なぜならもう二度と、元の生活に戻るつもりはないからだ。あそこに戻るくらいなら、ぼくはこの野原で一匹の獣のように死んでいきたい。月と星と虚空に顔を向け、頬を露で濡らして、朽ち果てたいのだ。